北海道キャンプ場見聞録
尻別川(2021/09/11)
夕陽を見るために河口を目指す
千歳川の清掃活動をしながら、Nもとさんと尻別川の下流部を下ってみたいねと言う話をしていた。
尻別川の下流部は瀬も殆どなくて、ただひたすら漕ぎ続けなければならないイメージだけれど、最近は新しい川を全然下っていないので、私にはそれがとても魅力的に思えていた。
ただ、流れのない川を向かい風の中で漕ぎたくはない。
そして、尻別川を河口まで下るのならば、最後にそこで夕陽を見られたら最高である。
そうなると、風が弱くて天気の良い日であることが条件となる。
週末の土曜日にそんな条件が揃いそうだったので、前日の朝にNもとさんに連絡してみると直ぐに話がまとまった。
私のこんな思い付きの企画に快く乗ってくれるのは、クラブの中でもNもとさんくらいしかいない。
クラブの掲示板でもアナウンスしてみたが、予想通り反応は全く無し。
かみさんからもそっぽを向かれ、結局は二人だけで下ることとなる。
スタート地点の近く、蘭越町のせせらぎ公園で待ち合わせて、河口へと車を回す。
河口部の川幅は100mくらいはありそうだ。
茫洋たる大河のイメージそのものである。
河口部は完全に大河の趣だ
上陸地点を見極めてから、途中の橋の上で川の様子を眺めながら、スタート地点の豊国橋へと戻る。
流れは殆ど無いけれど、両岸には河畔林が茂り、興ざめするような人工物の護岸も見当たらない。
緑に囲まれた中を気持ちよく下れそうだ。
河口に架かる磯谷橋を除けば一番河口に近い初田橋から下流を眺めた様子
かわうそくらぶの「北海道ののんびり下れる川の本」によると、途中の宝橋の上流に「最後の瀬」があるらしい。
橋の上から眺めてみると「こ、これが、その瀬のことなのかな」と思えるような流れが見えていた。
宝橋から上流を眺めた様子、瀬があるようだ
この「北海道ののんびり下れる川の本」だけれど、1991年に初版が発行され、私の持っているのは2009年に発行された第四版。
多分、その後は発行されていない筈だけれど、新しい川を下る時には今でも十分に役に立ってくれる。
川下り好きの人間にはバイブルとも言えるような本なのである。
蘭越市街地の豊国橋からスタート
12時55分に豊国橋の下から舟を出す。
ここから河口までは約23キロ。
ある程度は川の流れもあるだろうし、そこに漕ぐスピードをプラスすれば、時速6キロくらいでは下れるだろうと考えていた。
そうすれば河口まで4時間くらい。
この日の日没時間は17時57分なので、それには余裕を持って間に合うはずだった。
下り始めて直ぐに、川は2つに分流していた。
私達は右の分流に進んだけれど、途中から左の流れへと入る。
右と左で高低差があって、少し急な流れとなっていた。
スタートして暫くは分流や瀬が続く
その先でも川は頻繁に分流と合流を繰り返し、瀬と言うほどでもないければ流れの早い場所も現れる。
分流の選択を間違えても、座礁するようなこともなさそうだ。
思っていた以上に変化のある流れである。
上空にはちょっと嫌な雲が広がっていたけれど、前方には青空も見えている。
天気予報によると、寒気が入っているので、今日はちょっと不安定な天気になるとのこと。
夕方には雲が広がるような予報を出しているところもあって、それだけが心配である。
嫌な雲が上空を覆ってたいけれど前方には青空も
栄橋まで下ってきた。
Nもとさんは、SUPを初めたばかりの頃に商業ツアーとSUP仲間との川下りで、豊国橋から8キロほどの区間を2度下っている。
SUP仲間と下った時は、他の初心者に橋脚に注意するように話していながら、自分で橋脚に張り付きそうになって沈をしたとのこと。
上級サッパーとなった今は、先導してくれながら余裕で橋脚の横を通り過ぎていた。
栄橋を通過する
ここまで3.2キロを30分ほどで下っていて、まあまあのペースである。
その先で広い河原があり、Nモトさんが上陸してSUPのフィンを取り替える。
ここまで浅瀬があるのを予測して、柔らかいタイプのフィンを付けていたけれど、この先は流れも落ち着くだろうから硬いフィンに取り替えるとのこと。
この辺の準備は流石である。
ここが最後の川原だった
ここまで4.8キロ、スタートしてから45分。
良いペースで下れていたけれど、それもここまでだった。
流れが無くなり鏡の湖面が広がる
その先で待っていたのは、鏡のような川面。
青空とそこに浮かぶ白い雲を水面に映して、まるで空の上を漕いでいるような気分である。
しかしそれは、流れが殆どないということでもある。
それでもまだ体力も十分なので、鏡の水面を漕げる喜びの方が大きかった。
川の流れがなくても、まだ風景を楽しむ余裕がある
山が間近に迫る区間に入ってきた。
斜面に生える木々には山葡萄などの蔓植物が絡み、まるでジャングルのようだ。
そんな濃密な緑が川面に映り込み、より魅力的な流れとなっている。
この辺りの雰囲気が一番良かったかもしれない
アオサギや白いダイサギの姿を何度も目にした。
近くで写真を撮りたいのだけれど、用心深くてカヌーが近づくと直ぐに飛び立ってしまう。
今回の川下りではJストロークをマスターしようと、密かに心に期していた。
カヌーを初めて30年は経つというのに、私は未だにストロークの基本であるJストロークがまともにできないのである。
静水や緩い流れではJストロークの方がスピードが出る。
しかし、数ストロークは真っ直ぐに進めたとしても、直ぐにカヌーが曲がり始めるので、どうしてもラダーを入れてしまう。
せっかくスピードに乗ったと思ったら、それで直ぐに失速するのである。
鏡の水面が続く
Nもとさんは今回、新艇のSUPに乗っていた。
今までのSUPよりもかなり細いので、その分スピードも出るようだ。
私が普通に漕いでいたら、どんどん置いていかれるので、必死に漕がなければならない。
次第に、鏡の水面が苦痛に感じてきた。
ようやく静水区間を抜けて、久しぶりに前方に流れのある場所が見えてきた。
「川って、流れているだけでこんなに嬉しいものなんだ」と喜んでいたら、直ぐにまた元の鏡の水面に戻ってしまった。
前方に瀬が見えてきてようやく静水から開放されると喜んだけれど
その水面から時々大きな魚がジャンプして驚かされた。
Nもとさんが前に下った時も、魚が沢山ジャンプするのを目にしていたようだ。
左から目名川が流れ込んでいる。
そこに近づいてみると鮭のような大きな魚影が群れていた。
婚姻色で赤く色付いているので、川の中が赤く見えるくらいだ。
目名川が流れ込む辺りではサクラマスのジャンプを楽しめた
そしてその周辺ではしきりにジャンプが繰り返される。
鮭が群れる川は何度か下っているけれど、この様に水面から飛び出す姿は見たことがない。
後で調べてみたところ、目名川ではサクラマスの放流が行われているようなので、ここに群れていたのとジャンプしていた魚はサクラマスだったのだろう。(サクラマスがジャンプする動画)
再び流れが出てきたなと思ったら、その先に宝橋の姿があった。
これが最後の瀬だったとしたら、その先にはもう瀬がない、つまり流れもないということである。
午後3時5分、宝橋を通過
ここまで10.3キロ、スタートしてから2時間10分。
途中で風景を楽しんだり、鮭の姿を眺めていたりと、少しゆっくりと下っていたとは言え、河口までまだ13キロ近くの距離を残している。
スタート地点の水位は9m、先程の山間部にあった観測所の水位は1.3m。
つまり、ここから先の河口までの標高差は1.3mしかないことになる。
これでは途中に流れのある場所があるわけもなく、これはちょっとまずいかなと思えてきた。
この先に瀬はもう無い
鏡の水面を楽しむ余裕もなくなり、マジで漕ぎ始める。
今まで殆ど無風だったけれど、少し風も吹き始めた。
南東の風なので、追い風ではある。
ただ、川は大きく蛇行を繰り返すので、場所によっては横から風を受けることにもなる。
そうすると方向修正に余計な力が入るようになり、疲労が溜まってくる。
そんな時にNもとさんが「ダブルパドルは使わないのですか?」と声をかけてくれた。
20年近く前にカヌークラブの納会のオークションでタダみたいな値段で購入したダブルパドル。
湖で一度使っただけで、その後は部屋の中でホコリを被っていたパドルを、今回は念の為にカヌーに積んでおいたのだ。
慣れない手付きでダブルパドルを手にする
湖で使った時は、パドルから垂れてくる水滴でカヌーの中が濡れてしまって、それ以来使っていなかった。
Nもとさんに言われて、せっかく持ってきたのだから使ってみようという気持ちになったのである。
そしてダブルパドルで漕いでみると、やっぱりカヌーの中に水が入ってきた。
それまでドライ状態だったカヌーの中が直ぐに濡れてくる。
でも、それ以上に漕ぐのに全く力を必要としないことに感動した。
慣れてくるとダブルパドルの方が圧倒的に楽である
最初のうちは慣れないのでカヌーが曲がったりしていたけれど、次第に慣れてくるとカヌーが真っ直ぐに進むようになり、しかも力を入れなくてもスピードが出る。
これならもっと早くからダブルパドルを使っていれば良かった。
と言うか、カナディアンカヌーはシングルパドルで漕ぐものだと思いこんでいたけれど、ダブルパドルもありなのだと気がついたのである。
軽いカルチャーショックを受けた気分だ。
カナディアンカヌーをダブルパドルで漕ぐなんて邪道だと言う人もいそうだけれど、邪道だろうと何だろうと河口で夕陽を見るためには、そんな些細なことに拘ってはいられない。
ダブルパドルだと、NもとさんのSUPに置いていかれることもなく、ほぼ同じスピードで下ることができる。
ペースも上がってきたが、茫洋とした風景の中ではそれを実感することもできない。
大河の風景に圧倒されそうだ
午後4時10分、御成橋を通過。
アーチ型の特徴的な橋である。
こんな川を下っていると、橋は自分達の位置を把握できる唯一の目印でもある。
御成橋を通過
前方の山の上には風力発電の風車が並んでいる。
この風車だけれど、かなり遠くからその姿が見えていた。
しかし、漕げども漕げどもその風車は近づいてこない。
川下りの時にこんな風車を目的物にすると、途中で心が折れるので止めておいた方が良いだろう。
山の上に見える風車、スタートしてそれ程下っていない頃からこの姿は見えていた
そうやって下りながらも、アオサギのコロニーらしきものを見つけたり、風景を楽しむことは忘れない。
向こう岸の樹木にアオサギのコロニーらしきものを発見したが近くまで行ってみる余裕はない
そして次の橋が見えてきた。
私達はその橋を、車の回送時に下見していた初田橋だと思っていた。
それを過ぎれば河口まではもう一息である。
しかし、地図を見てそれが一つ手前の長瀞橋で有ることを知って一瞬心が折れかける。
初田橋かと思ったら一つ手前の長瀞橋だった
そんなことで心を折ってはいられないので、気を持ち直して、パドリングに力を込める。
直ぐに初田橋の姿が見えてきた。
水田の稲わらを野焼きしている煙が橋の周辺の風景を霞ませている。
初田橋が近付いてくる
午後5時5分、初田橋を通過。
河口までもう3キロも無いはずだ。
しかし、それでも結構微妙な時間である。
初田橋を通過
そこから先は西側に山が迫っているので、一足早く山陰に日が沈んでしまう。
それでも私の予想では、河口部では夕陽は海に沈むはずなので、まだ間に合うはずだ。
山陰に日が沈んでいく
私もNもとさんも、全力でのパドリングが続く。
もしもシングルパドルで漕いでいたとしたら、この時点でギブアップして「ぼ、僕はもう駄目です。Nもとさんだけ先に下って夕日の写真を撮ってください」と言っていたことだろう。
西側の山にはまだ十分に日が当たっている
河口にかかる磯谷橋が近づいてきた。
私達からは太陽は見えていないが、磯谷橋の橋脚にはまだ日が当たっている。
磯谷橋の橋脚にはまだ日が当たっている
まだ間に合う。
そして磯谷橋の直前でついに夕陽の姿を捉えた。
最後の激漕ぎ
そのまま磯谷橋を通り過ぎて、午後5時31分ついに尻別川河口に到着。
そこで、雲の中に沈む直前の夕陽を見ることができたのである。
感動的な夕陽
今まで数え切れないくらいの夕陽を見てきたけれど、これだけ感動的な夕陽はそうざらにない。
数分遅かったら、この夕陽は見られなかっただろう。
かなり際どいタイミングだったけれど、「尻別川を下って河口で夕陽を見る」そんな川下りが見事に完結した瞬間だった。
上陸場所
後で思ったのだけれど、日の入り時間の定義は太陽が完全に見えなくなった瞬間なので、この時間を目標にしたのがそもそも間違いで、しかも水平線に雲がかかっていない様な好条件は滅多に無い。
今度同じ企画を考えるとしたら、もっと時間に余裕を持ったほうが良さそうだ。
後数分遅ければこんな風景しか見られなかっただろう
スタート地点まで戻ってきた時には、既に真っ暗になっていた。
Nもとさんとお別れして、私はそのまま尻別川河川敷のランラン公園で車中泊。
三日月が尻別川の川面を照らす風景を眺め、川下りの余韻に浸りながら缶ビールを開けたのである。
一人で川下りの余韻を楽しんだ
(当日13:00尻別川水位 蘭越観測所:8.98m)